日本の契約書や申込書で見られる『署名欄』。ここに崩し字やサインを書いて提出したところ、楷書で読める字で書き直すよう言われた経験のある方も少なくないでしょう。
読める字で書くのは常識でしょ?と感じる方もいれば、本人の自筆であれば形は何でもいいと考える方もいたり、常識が二分されているのが実情です。
署名欄にサインを書くのは間違っているのか?本当に楷書である必要があるのか?サインと署名の違いの観点から考えてみます。
最初にご署名ネットなりの結論を述べておくと、無用なトラブルを避けるために次の対処がいいと考えています。
- 署名欄や自署欄と書かれた箇所は楷書で書く(崩さない、略さない)
- サイン欄(Signature)と書かれた箇所は相手に確認した上でサインや崩し字で書いてみる
- ただし、署名欄や自署欄であってもサインや崩し字OKな箇所もあるため、時と場合に合わせて使う(サインや崩し字OKな事例は後半で詳しく紹介しています)
この記事の目次一覧
サインと署名
日本では『サイン』と『署名』という言葉が混同されて使われるため、混乱の原因となることが少なくありません。
サインとは?
日本語でサインというと、英語の Signature(署名)とAutograph(芸能人のサイン)の2つの意味を含んでいますね。
世界で見ると、日本以外の国すべてにおいてサイン文化が浸透しており、自筆のサインが本人確認として通用します。
外国では Signature(署名)とAutograph(芸能人のサイン)はしっかり分けて考えられますが、どちらも本人証明の意味合いで本人の自筆を最重要視されており、書かれてある氏名の正確性や可読性が求められるものではありません。むしろ真似されづらいよう複雑な形が望ましいです。
つまり、”Please sign here(ここにサインしてください)” や “Can I have your autograph?(色紙にサインをください)”とは『あなたを証明するための文字や記号を書き記してください』という意味であって、必ずしも『あなたの氏名を書いてください』ということではないのです(もちろん氏名を書いてもいいのですが)。
(※金融機関の書類や契約書では、厳格な本人確認の目的として可読性のある氏名、または可読性のあるフルネームでSignatureを求められることもあるようです)
例えば、ドナルド・トランプ元大統領やスティーブ・ジョブズはフルネームのサインを書きますが、マーク・ザッカーバーグは氏名を短く省略したサインを使ったりしています。
そういう意味で考えると、日本で『ここにサインをお願いします』と求められる場面において、崩した漢字や読めない筆記体で氏名を書いても問題ないはずです。
が、実際はそうではなく、楷書で書き直しを求められるシーンが非常に多いというのが問題なのです(崩し字で書いても問題ない具体的なシーンは後半で紹介しますね)。
サインを求められてサインを書いたのに、なぜ楷書で書き直さなければいけないのか?と疑問に感じるのは当然です。
署名とは?
署名とは、自分の氏名を自ら手書きで書くことです(引用:行政書士古川紀夫事務所)。
署名という言葉が使われる場面は、例えば申込書や契約書、申請書などを書く時でしょう。こうしたケースの署名は、特に契約書においては法的効力を有するものであり、署名者が明確な意思を持って申し込んだこと、また署名者が誰であるかを第三者にわかりやすく示す証拠として扱われ、他人と混同されないようにする目的があります。
多少読みづらい字でも筆跡鑑定で本人かどうかある程度まで割り出すことは可能ですが、上記の目的からも誰にとっても可読性のある文字、要するに楷書で書かれることが望ましいです。
また、氏名とは戸籍に登録されている名前を指すため、署名は基本的にフルネームが求められます。そこまで厳格なものでなければ名字だけでも良しとするケースもあるでしょう。
署名はサインになり得るが、サインは署名ではない
以上の点をご署名ネットなりにまとめると次のようになります。
- サイン(Signature、Autograph)と署名は異なるものである
- サイン(Signature、Autograph)は基本的に読めない崩し字や記号でいいが、それを日本で署名として扱うと問題に繋がりかねない
- 日本での署名(活字フルネーム)をサイン(Signature、Autograph)として使うことは問題ないが、真似されやすいのでリスクがある
わかりやすくチャートにまとめました。
【混乱の原因1】署名をサインと訳している
サインと署名はどちらも自筆で書く意味では同じものです。
“サイン”という呼称は Sign(動詞:サインする)を名詞的に使う日本語英語の1つで、本来は Signature(名詞:サイン)と呼ばれるべきものですね。
普段からサインに慣れた人が日本で『サイン欄はここ』や『サインをお願いします』と言われると、崩し字を書いてしまうのは当然といえます。
この考え方の違いが生まれるロジックは次のようになります。
- 依頼した側は楷書の署名を必要としているにも関わらず、サインという単語を使ってお願いしている
- 書く側はサインを求められたのでサインを書いたにも関わらず、楷書で書き直しを依頼されて困惑する
要するに署名をサインと日本語訳してしまっていることに混乱を引き起こす原因があるのです。
日本の署名と英語のサインは似て非なるものであって同一に考えてはいけません。楷書が必要であればサインという言葉は使用せず、『楷書でご記入ください』と一言あって然るべきだと思います。
記入する側としても、日本で求められているのは読める字での本人確認であって、サインのような崩し字は受け入れられないことが常と認識しておくべきと考えます。
サイン文化の無い日本
サインと署名に対する認識が日本人同士でも異なってしまうのは、残念ながら起こるべくして起こっていることといえます。
日本がサイン文化の無い稀有な存在であることに加え、カタカナ英語(日本語英語)が身の回りに溢れていることも相まって、サインと署名の言葉の違いに起因する揉め事が起こりやすい環境にあるのでしょう。
署名欄・自筆欄は楷書で書くのが無難
署名は楷書で書かなければいけないという民法上の決まりは存在しません。そのため、行書体で書こうが草書体で書こうが崩し字で書こうが、本来は問題無いのです。
しかし、ここで効いてくるのが内規(申込先・契約先の中での規定)です。
署名は書き手が申し込み内容を承諾した証であると同時に、申込み先にしてみれば自分たちを顧客とのあらぬトラブルから未然に防ぐ手段でもあり、第三者が見ても可読性のある署名を求めるのは当然のことといえるでしょう。
読めない署名はトラブルの際に責任の所在がわからなくなるため、内規で『署名は楷書で書いてもらうこと』などを取り決めている可能性が考えられます。
仮にそういう内規が無いにしても、日本の商習慣上、署名を楷書で求められるケースは多くあると考えられます。そこで民法を持ち出して時間をかけて話し合うことも出来なくはないでしょうが、そこまで時間と労力をかけて無理にサインで押し切るだけの理由も考えにくいのではないでしょうか。
【混乱の原因2】サインと署名では本人確認の仕方が違っている
サイン(Signature)は形が同じかどうかで本人確認をします。
署名は読めるかどうかで本人確認をします。
そもそもサインと署名とでは本人確認の仕方が根本的に違っているのです。そのため、日本の署名欄にサインを書くと断られることが起きてしまうわけですね。
サインで本人確認する方法
※国や地域によってやり方が異なる可能性があります
免許証や身分証明書など厳格に本人確認できる資料へのサインがデジタルデータとして保管され、それ以降、例えば銀行口座の開設などは自筆サインとデジタルデータが照合され、同じサインであることが確認できて本人と認められます。
このため、サインは毎回同じ形で書けることが必須条件です。決して読める・読めないは重要ではないのです。
また、銀行によっては、口座開設時に登録したサインと日々使うサインが時間の経過とともに少しずつ変化している場合、銀行から呼び出しがかかってサインを追加登録させられることもあるようです。
ではそれ以外でサインを使う場合、例えばカード払いや荷物の受け取りで書くようなサインもいちいちデジタルデータで照合するかというと、そんなことはしません。目視で確認して形が同じであれば問題ないのです。
最近は海外でもサインの使用頻度が激減している話もあります。カードは非接触やPINで済ませ、何らかの申込みはオンライン完結が増え、かつ対面の機会も減少していることも拍車をかけています。アナログなサインはデジタルの進化に伴って出番が減少しているのです。
署名で本人確認する方法
署名は読める字で本人の氏名を記名し、さらに免許証など氏名が確認できるものと照合して同じ名前であることをもって本人確認します。最近は写真付きの身分証明を求められることも増えていますし、見た目も1つの判断材料になっているのでしょう。
少なくとも商習慣上、そして様々なリスクを考えた時、署名は読める字体であることを求められます。
身分証明書とも合わせて確認することで、より高い精度で本人確認につながっています。
筆跡鑑定は事件性がある時
本人確認のために筆跡鑑定を用いることもありますが、かなり稀なケースといえます。
筆跡鑑定が関係するのは主に事件性がある時ぐらいで、日常生活において鑑定までして本人確認することはまず遭遇しないと思われます。
日本でもサインが使えるシチュエーション
せっかくサインを持っても日本では使い道が無いと嘆く心配はありません。考え方次第でサインは様々な場所で使うことができます。
クレジットカード
クレジットカード裏面のサインはカードを使う上で必須ですので、ここでサインが活きてきますね。
最近はタッチや電子決済が増えたり、ナンバーレスカード(署名不要)が登場するなどサインの肩身が狭くなる一方ですが、サインの重要性はまだまだ高いです。
契約書・請求書
海外企業と締結する契約書はサインが主流ですので、取引がある場合はサインの機会がありますね。
請求書や領収書に社印を押しますが、それをサインで代用することも可能です。
そもそも請求書・領収書は発行元のハンコは必須ではないため、サインを書いても効力に変わりはありません。しかし受け取った側の社内規定でハンコ必須などと定められているケースも想定されるため、事前に確認しておくといいでしょう。
PDFやエクセル
サインをデータ化することでPDFやエクセルなどパソコンに手書きサインを挿入して様々な用途で使用できます。テレワークや在宅勤務で役立ちますね(詳しくはこちらの記事へ)。
サイン色紙
サインといえば色紙のサインを真っ先に思い浮かべる人もいるでしょう。
芸能活動などをされていたらサインを求められるシーンもあります。ファンの方をがっかりさせないためにもデザイン性のあるサインを持っておきたいですね。
海外出張・転勤
海外で生活する上でサインは必要です。真似されづらいデザインにするのが重要で、繰り返し同じ形を書けることも大切ですね。
契約書などで使うしっかりしたサインと日常生活で使う簡素なサイン2種類を使い分けることもあるため、用途に合わせて持っておくといいでしょう。
パスポート
パスポートもサインが連想される代表格ですね。
海外現地でサインを求められた際、パスポートと同じサインが必要とされるケースもあります。
再現性のあるサインが必要ですね(パスポートに限った話ではありませんが)。
国際教育
お子様の将来を考えて親御さんがサインを考えてあげるのも1つの手です。
その形をベースにしてお子様自身でアレンジを加えてもいいですし、今すぐ使う機会が無くてもあらかじめ準備しておいて損はありません。
持ち物の名入れ
手帳やノート、小物にサインを入れるのもおすすめです。愛着が増しますし、大切にしたくなりますね。
ご署名ネットのお客様からも、サインを入れていたおかげで無くした水筒が戻ってきたエピソードを聞かせていただきました。
書籍・絵画・作品
自分の作品に入れるサインとしても使えますね。写真のクレジットや絵画のサインなど、製作者を現す時に便利です。
サインのデザインが作品の世界観を邪魔してはいけませんが、貧相なデザインだとクオリティを低下させてしまうかもしれません。
名刺
名刺にサインを入れてみるのはいかがでしょうか。目をひく名刺は相手の記憶に残りやすいですね。
メール末尾の署名にサイン画像を挿入することもできますよ。
ノートチェック
学校の先生のように生徒の提出物などを大量にチェックする方は、確認済みの証としてサインを入れるとおしゃれですね。
郷に入りては郷に従う
せっかく書き慣れたサインがあるのに署名で使えないのはもったいない、と感じる気持ちはよくわかりますし、手間を考えると楷書よりサインが便利なことも理解できます。
しかし、サインに対する理解と文化が乏しい日本において、さらにはサインと署名における本人確認の考え方が根本的に異なる状況下において、日本人がサインを貫き通すのは至難の業といえるのではないでしょうか。
署名欄を見かけるたびに楷書だサインだと揉めるのは、正直理にかなった行動とはいえません。郷に入りては郷に従えといいますし、署名欄には素直に楷書で書くといいのではないでしょうか。
もちろん、サインをデザインする私としてはサインが使える場面が多ければ嬉しいのですが、わざわざ無用な衝突を起こしてまでサインに固執するつもりもありません。
程よい塩梅でサインと上手に付き合っていきましょう。
ご署名ネット代表 兼 デザイナー
守屋 祐輔
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